8月になるとどうしても戦争という2文字は目に耳にはいりますね。
それはいいんだけど。
参考になった。
子供たちに戦争の話をするときの注意メモメモの対象は幼児だと思うけれど、小学校低学年くらいも当てはまると思うな。
確か今も変わらず、指導要領では5年生か6年生でヒロシマ(或いはナガサキ)を必ず題材にするはず。
高学年にもなれば当然、知っておくべきことだものね。
高学年で題材になることは私、妥当だと思います。
何が言いたいかメモを元に簡単にまとめると
・高学年以前にももちろん戦争の事実を教えることは大切である
・ただ、反戦教育=戦争の恐怖のすりこみではない!(声を大にして言いたい)
・しかし安易に戦争のことを教えようとすると、「戦争は怖いものだ」が先行しがちだと思う
・だから扱う題材に注意を払わねばならない
・題材だけでなく、子どもの反応にも注意を向けねばならない
・今私たち大人が子どもを守り、子どもが安全であることを同時に伝えねばならない
・こうしたやりとりが、公的に行われるのは中・高学年で遅くはないと思う。
自分のことを振り返ってみると、学校でヒロシマを習うより先に原爆のことは知っていましたね。
拙い記憶を辿ってみると
・地域の児童館で「はだしのゲン」を読む。(ふと自主的に)
・小1くらいの時に家族旅行で広島(山口に行くついでだったと思うけど)へ。当然平和記念館も行く。
・原爆症に苦しんだ少女の映画を地域でやっていたのを母と観にいく。
で、上記の2点は実は相当なトラウマを私にもたらしたわけなんですね(笑)
一番下のはなんだか考えさせられたかなぁと今は思いますが。
もちろんそのトラウマが悪い方向には行かなかったからいいけど
(夜寝れんかったくらい)
自分が教える側になった今、子どもたちにはなるべくなら避けたい・・・。
児童館に「はだしのゲン」とか置くなとかそういうことではなく
大人がきちんとケアをする必要がやっぱりある。自分は気をつけたい。ということです。
自分の子どもを持ったらしかるべきときに広島には連れて行きたいね。
そう考えると、うちの親は考えていたのか知らんけどそういう機会に触れさせてくれてありがとうですね。
あと話がそっちにいきがちだけど、反戦教育のすべてがヒロシマ・ナガサキではない。
(ま、ただ唯一の被爆国として、日本人が反核を伝え残していかなきゃいけないと思いますが)
沖縄戦のことももっと知らなきゃいけない。
逆に、日本が行ったことも知らなきゃいけない。
今、戦争が起きてることを知らなきゃいけない。
このことは子どもの時に教わればいいってもんじゃない。
ずっと学び知り続けなければ。
*「反戦教育」っていうとなんかアレだなぁ。でも「戦争教育」ではないのでいいのか。
*たまにね・・・ホントこれ怖いだけだろっていうものがありますよね。そしてそれをいい教材だと使ってしまう大人もどうかと思うんだ。
*戦争を体験した人は、戦争映画とかドラマとかそういうの見ない。この言葉が胸に残ります。
*これまで口にしたがらなかった戦争体験者たちも、近年体験談などを語り始めているらしい。
「自分がいなくなったら誰も言ってくれる人がいない」というのがあるのかも・・・?
こうした人たちの言葉に触れる機会を作っていかなきゃ。